PTAの子供会。レストランのコックに母「アレルギー持ちのうちの子の為にあり・・」私『…うっ

とりあえず見たいネタ。

PTAの子供会で。レストランのコックさんに母「アレルギー持ちのうちの子の為にありがとうございます」私『あれ?うっ…(バタン!)』 → 結果…

PTAの子供会で私が死にかけた修羅場

20年近く前で、まだそこまでアレルギーが浸透してなかったのかな

子供の頃だったからそれほど時世を理解しでたわけではないんだけど、それが原因で危なかった

昔の子供会では予算が余ると皆でディズニーランドに行ったりと少しリッチな遠足行事が1月頃にあった

そんな場だから準備される料理もそれなりで、私だけアレルギー持ちで使えない食材があったのに、見た目は他の子と同じでアレルゲンだけ抜いた料理が出てきた

いつも皆と違うものを食べなきゃならなかったのですごく嬉しかった記憶がある

母もお店の人に「うちの子に気を使ってくださってありがとうございます」と食べる前にお礼をしに行った

私はその姿を見て、「私もお礼しなきゃ」と席を立ってコックさんのところへ行き、母の隣で頭を下げて「ありがとうございました」と伝えた

戻ってきて料理を見ると、さっき見た時より人参とブロッコリーが多い気がした

「あれ?でも私の記憶違いかな」と思いつつ、隣の子たちに「なんか私の増えた?」と聞いたけど「思い過ごしじゃない?」「何もしてないよ」と言われてそのまま食べた

私のアレルギーは同じまな板で調理してついた分くらいは食べても出るようなものじゃないけど、アレルゲンと共に炒めたり煮たりしたらアウトで一気に出てきて呼吸ができなくなる

そして私は食べて10分ほどで意識朦朧で倒れた

顔がパンパンに腫れ上がって苦しくて涙ボロボロ流してもがく私に母がかけより、獣のような声で吠えてたのを覚えてる

救急車がきたころには目があかなくなり、聞こえる音もぼんやりで、次に目を覚ましたころにはアレルギーを抑えるきつい注射を腕に刺されていた

その日はそのまま入院して、翌日朝一でレストランの人が血相変えて謝罪に来た

その時に母に「私の料理に誰かが嫌いなものいれたのかも」と告げた

その後私の周りに座ってた子たちが呼び出され、私の料理に何かしたか質問したけど、皆口裏合わせてしてないと言う

でも少し離れた席の子と、私達の席の丁度後ろ側に座ってた保護者が

子「私ちゃんのお皿からお肉ほじくってとってるの見た」

保「嫌いな食べ物の話をして、その後皆で嫌いな野菜を除いてどこかに集めてた」

と証言したことで白状した

子供の保護者たちはレストラン濡れ衣をきせるかたちになったことは謝罪したものの、私達への謝罪はなかった

レストランへの謝罪も「お前のせいで面倒かけやがって」とはっきり言われた

私のアレルギーはいつも違うものを食べるので周りに周知されていたが

レストランの食事は(見た目は)皆と同じもの、子供が勘違いするのも仕方ないみたいなことを言われた

その時点で相手の保護者父母10人vsシングルマザーの母1人

私の小学校は登下校時さえPTAの集まりがやってたから、PTAで私が総スカン喰らったら、一人で登下校時させなきゃならなくなる

しかも周りは当時まだアレルギーに知識がなく、こちらを理解してくれるどころか、多勢の方に加担する人しかいない

母は苦渋の決断で、父の残してくれた家を手放し、小3に上がる頃に隣県の小児アレルギーを見てくれる病院のそばに引っ越した

アレルギーで倒れてから引っ越しまで3ヶ月ほどしか無く、母の行動の速さを今更思い知って当時の母には感謝してる

その後、私の地元出身の後輩とたまたま高校で知り合い、その人から

「俺の地域ってPTA活動が盛んだったけど、俺の2個上の人が遠足中に倒れたらしくて、俺が入学した年からなくなったんですよね

マジ俺楽しみにしてたのに、そいつ死んでほしいわー、皆死んで欲しいって恨んでたんですよ」と言われた

私、アレルギー一つでどれだけの人に死ねと思われ続けてるんだろうと思うと悲しくなった

0
0
おすすめ