去年の2月、娘が死んだんだ。癌だった。
それを遡ること一年前に、ちょうど自治会役員が回ってきた。
娘が余命宣告を受けて3日後のことだった。
持って三年、早くて一年と言われた。
何も考えられなくて、とりあえず、それどころじゃないと自治会の役員に言った。
ちなみに、公団分譲の自治会だ。
その時はみんな事情をわかってくれて、それなら仕方ないと見送ってくれた。それが二年前。
それから一年後、再び役員の打診があったんだが、その頃にはすでに、家族総出で緩和ケア病棟に毎日通っている最中だった。
電話でそのことを告げたら、
「ああ、一年経ったので、もう大丈夫かと思って」
とその年の役員の爺さんに言われた。
なんちゅうか、全身に鳥肌がたった。
グッとこらえて、まぁ、「治って」の意味かもしれないと、スルーしようと思った。
それからしばらくして、うちのポストに手紙が入っていた。
その爺さんからの手紙だ。
最近、PCの扱い方を覚えたばかりと言った感じで、A4用紙に大振りな文字で書かれた手紙が、クリアファイルに入っていた。
ざっと要約すると、
「個人的な事由で、責任を逃れることは誰にもできない。それでもできないというのであれば、誰もが納得する、厳然たる事実を以って、今度の集会で皆さんの前で釈明しろ」
怒りで手が震えた。
こんな老害が生きているのに、なんで私の娘が死ななければならないんだと思った。
私は気も強いし、黙って耐えるタイプではないので、早速この手紙に返事を書いて、老害のポストに投函した。
要約すると、
「緩和ケアの意味がどうもご理解できなかったようで、もう一度説明すると、我が子が瀕死の床にいるという意味なのだが、これではまだ、誰もが納得する事由にはなり得ないのだろうか?
その理屈でいくと、役員を引き受ける私本人が、瀕死の重体ででもない限り、この自治会の役員を逃れることはできないらしい。
もし本当にそうなら、会員の皆さんの総意であるということがわかるような何かを持ってきて説明しろ。そしたら改めて考えてやる」
さすがに、それきりこのジジイは沈黙した。
それなからまもなく、娘は亡くなった。
28歳の誕生日に、あと僅かに届かなかった。
薬剤師だったんだ。
三人姉妹の長女で、仲良し姉妹なんだ。
三人とも、私の自慢の娘なんだ。
で、今年だ。
約束だし、二度も先送りにしたのだから、今年は役員をやろうと思う。
私が悔しいと思うのは、この爺さんはきっと、一度は次の人に打診したんだと思うんだ。
うちが厄介なことになっているから、次の人、引き受けてくれないか、と。
でもきっと、事情を説明してもやろうという人がいなかったということなのだと思う。
そこで困り果てたこのボケ老人は、再び「あんた順番なんだから」と言いにきたんだとも思うんだ。
いや、この辺りは私の想像だけど。
だったら、こんなご近所と付き合う意味がどこにある?
なので、今年度を最後に自治会は辞めるし、分譲なので管理組合とセットだから辞められない(?)としても、カスどもめと怒りをあらわにして、町内会の皆さんをドン引きさせようと思っている。
こいつらに、丸ごと嫌われたところでへでもねえわ。
以上です。