クルマの電動化に関する議論が過熱している。欧州や北米、中国での純エンジン車販売規制によって、従来のCAFE規制(企業内平均燃費規制=企業ごとに販売車の平均燃費を規制する法律)をクリアするためのEV導入から、さらに進んだ電動化への具体策が求められているからだ。
実際、欧州や中国ではEVの販売比率が急速に高まっている。それに対し日本でも、日産や三菱に続いて、ホンダ、トヨタ、マツダがEVを出しているが、それらは販売目標も少なく、まだ現時点では飛躍的にEVの比率が高まるような気運は見られない。
ちなみに90年代にも日本ではEVブームが起こり、トヨタはRV4のEVを発売し、日産はアベニールやプレーリージョイをEV化してリース販売した(主に電力会社向けではあったが)こともあった。しかしそれは一過性のブームで終わり、やがてガソリン改質型の燃料電池車へとムーブメントは移り、現在のFCVへとつながっている。
同じようなことは、かつてロータリーエンジンでも水素エンジンでも起こっていた。自動車メーカーが新しい技術やゼロエミッションに挑戦し続けるのは、生存競争でもあり、存在意義となる使命でもあるからだ。企業のアイデンティティを何によって確立するかはいろいろだが、自動車メーカーにとって環境問題は企業イメージに与えるインパクトも大きい。
そういった意味では日産の電動化戦略はまったく正しい。「やっちゃえ日産」とCMで高らかに宣言してEVや自動運転を強調したのは、純エンジン車でもハイブリッドでも他メーカーに比べ優位性を見出せなかったからだ。
それでも、結果的にリーフの販売が日産の業績に貢献したかといわれれば微妙だ。しかし、EVの先駆者たるイメージはしっかりと浸透させている。
そんな中、日本政府も2050年にカーボンニュートラル達成という政策の中で、クルマの電動化を進めて30年代半ばには100%の電動化を実現するという目標を掲げた。CAFE燃費の緩さ(欧州とは違い罰則はない)同様、回りを見て足並みをそろえた程度の印象でしかないが、電動化の中核にあるのがEVであることは間違いなさそうだ。
30年にピュアEVの販売比率はどれほどになるのか、それは50年にはほぼ100%になるのか。関心を持っている人の多くはそう考えることだろう。単純に考えれば、カーボンニュートラルにするにはEVに頼るしかないだろうからそんな意識になるのだろうが、一足飛びにEV比率を高めようというのは、まったく現実的ではない。
従来は、35年においてもクルマの動力源の主力はICE(内燃機関=ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなど)であり、新興国需要の高まりもあって純エンジン車の占める割合は過半数を占めるというのが、自動車業界アナリストたちの市場予測だった。
しかしこのところ各国から相次いで表明された純エンジン車の販売禁止令は、そういった市場の勢力図を簡単に覆してしまう材料だといえる。しかし、まだ業界アナリストたちの中では、急速に高まっているエンジン車販売禁止政策の影響を読み切れていないようだ。30年までには軌道修正もあると、楽観している向きもあるが、これは危険な考えだろう。
報道などでは見かける「軽自動車はどうなるのか」などの話題も、これまでの経済構造をベースにした考えから脱却できていないあたりに古い体質、頭の堅さ、発想の貧困さが見え隠れする。
目的と手段を間違えないようにしたい。クルマの電動化を進めるのは、温室効果ガスの排出を減らし、気候変動を食い止めるためだ。エンジン排気量とボディの寸法で決まっている軽自動車規格など、いくらでも変更が効く。事実これまでも360ccから550cc、そして現行の660ccへと排気量とボディサイズは拡大されてきた。
もうそろそろ理論上の話から、リアルな現実、そして近い将来の実現性について情報をキチンと分析した上で議論をすべき時だ。かなり長期的に見れば、クルマの動力源はモーターへと収束していくのかもしれないが、そのためには乗り越えなくてはならないハードルがいくつも存在するからだ。
ここで考えるのはモーターやインバーター、バッテリーの性能の話ではない。そんなことより根本的な問題が待ち構えているのである。
●EVを増やす前に用意しなければならないもの
クルマを電動化するということは、一定以上の車格では最低でもPHEV、それとEVにしなければならなくなる。
ハイブリッドでも燃費の向上は期待できるが、それは現在と比べてというレベルであり、カーボンニュートラルを目指す以上、ほぼ電力だけで走れるようにならなければ意味がない。ただし小さく軽いクルマとなると別問題だ。
トヨタ・ヤリスハイブリッドのCO2低排出量ぶりをご存知だろうか。実燃費で1リットルあたり30キロメートルをマークするほどのエコぶりで、キロあたりのCO2排出量は65グラムと、現在の厳しい欧州CAFE燃費規制(95グラム/キロ)を余裕でクリアする。現時点では実質的にEV以上のエコカーだ。国民全員ヤリスハイブリッドに乗れば、CO2排出量は思い切り削減されるが、トヨタがヤリスハイブリッドしか販売しないのも現実的ではないし、夢が無さ過ぎる。
そもそもこれまで通りのクルマの移動を続けたとすると、どれだけ電力が必要になるか、試算した分析はあるのだろうか。筆者は見たことがないし、探しても見つからない。そこで、ここで簡単な計算をしてみよう。
日本中のクルマ(約8000万台)がすべてEVに置き換わったとして、ざっくりと平均電費を、日産がサイトでリーフ基準としている6キロ/kWhを参考にて、分かりやすくするために年間走行距離を平均6000キロとすると、1台あたり年間1000kWh、つまり日本全体で8000万台×1000kWh=800億kWhの電力が必要となる。これは家庭用電力の4割弱に値する。これだけの電力を何を使って新たに発電するのか。
この800億kWhは、全てのクルマが同じ稼働率で動いたと仮定しているが、実際には週末しか動かないクルマもある。しかし商用車では走行距離も多く、貨物車などの電費はさらに悪いだろう。しかも、これはクルマに充電された電力の消費量であるから、送電ロスや充電時のロスは含まれていない。これも含めると1000億kWh以上の発電能力は必要になる。
単位を繰り上げずkWhのままとしているのは、資源エネルギー庁のデータに合わせるためだ。現在のところ、日本の電力供給量は10000億kWh程度。そしてそのほぼ全てを使い切っている。だから電力供給がひっ迫して節電を呼びかける羽目になっているのだ。
さらに問題は年間の電力消費量だけでなく、ピーク時の電力供給がどれだけ必要か、ということだ。クルマの利用は、渋滞を見れば分かるようにピーク時とオフピーク時がある。1日の動きで見るだけならば、1回の充電で足りれば、深夜に自宅で充電できる人と昼間に勤務先で充電できる人に分かれることで、電力消費も分散できる。
しかしコロナ禍が収束すれば、人はまた旅行に帰省にと移動し出すことになり、それは季節や日付によるピークを発生させる。高速道路で移動するEVがサービスエリアに充電のために立ち寄る。今よりも急速充電のシステムが改善され、1台あたり15分で充電が完了できるようになるかもしれないが、それはその分充電に費やされる電力が増えることになる。1時間あたりの電力消費量がドカンと増えれば、電力の供給不安が持ち上がる。
それに充電ステーションの数も圧倒的に足りなくなる。今や充電ステーションの拠点数は2万カ所近くになり、ガソリンスタンドを抜いたという報道も見られるが、給油ポンプが1台しかないガソリンスタンドなど見たことがあるだろうか。油種の問題もあるが、大抵は複数の給油ポンプ機を備え、それぞれに2つ以上の給油ガンがある。一方、複数の急速充電器を持つ充電ステーションは500カ所あまりしかなく、残り約7000カ所の急速充電器は1機のみの設置だ。さらに残りは急速充電ではなく200Vか100Vの普通充電施設だ。
そしてエンジン車の給油は5分程度で完了する。急速充電設備を備えた充電ステーションで同じ稼働率を実現するには、今の規模の10倍でも足りない。現状は新車販売の1%程度でしかなく、保有台数で見ても30万台程度のEVとPHEVでも不足する充電ステーションの状況を、全車プラグインへと置き換えたら、単純計算では270倍は必要になる。
更なる急速充電化、日時指定の充電予約などして効率化を図ったとしても、まずは100倍の急速充電器がなければ、とても足りない。そしてそれだけの充電ステーションには供給する電力がまた必要なのである。
クルマの電動化が求められるのが30年半ばであり、それまでに発電能力を高めればいいのでは、なんて意見も聞こえてきそうだが、クルマの電動化を進めるにはまず電源を確保する算段をつけなければ意味がない。
そろそろ全貌が見えてきた勘の良い読者もおられるかと思うが、もう少しお付き合いいただきたい。なぜなら、現状の電力事情を語らずして、EV化を安易に推し進めることの愚かさを伝えることはできないからだ。
●新電力の惨憺(さんたん)たる現状を見て考えるべきは未来の電源構成
16年の電力自由化によって発電と送電が分離されたことで、電力を供給する企業が一気に増えた。ガス会社が電気も売り、通信会社や小売り大手などさまざまな企業が独自ブランドの電力会社を立ち上げた。
しかし実際に発電している電力の8割は、電力を従来供給してきた大手電力会社だ。残りの2割のうちおよそ半分は、工場など自前で発電設備を持つ企業から余剰電力を購入して、その権利を市場で取り引きしている。
新電力は購入してユーザーに供給しているだけで、独自の発電所を所有しているところはほとんどない。自治体などがゴミ焼却場や木質ペレットなどのバイオマス燃料による発電は手掛けているものの、極めて小規模だ。
再生可能エネルギーによる発電は1割にも満たず、ここ10年で設備容量こそおよそ4倍にまで増えているが、実際に供給している電力はそこまで増えていない。電源構成上は設備容量に準じた4倍の構成比率を示しているが、総発電量は10年をピークに減少(東日本大震災により原発の稼働が停止したため)しており、実際にはそこまで発電量は増えていないのである。
再生可能エネルギーについても、それぞれの技術や目的は素晴らしいものであるが、技術だけで電力は作り上げられるものではなく、自然相手だけに予測通りに稼働しないのが大きな課題だ。太陽光発電や風力発電が理想と現実のかい離に悩まされているのも、すべてはコレが原因で予測が成り立ちにくいからだ。
地熱発電や海流を使った潮流発電の方が安定して電力を生み出せそうだが、潮流発電はまだまだ実用化には時間がかかる。地熱発電も、環境問題や地下資源問題、既得権益(温泉など)の問題もあり、容易に増やせない。
日本は国土が限られている上に、洋上風力発電も触れ込みほどの発電力は期待できないことが判明しており、再生可能エネルギーが電源の主力になるには、相当に時間がかかる。あと30年で達成するのは、かなり難しい目標だろう。
電力を販売する会社ばかりが立ち上がり、電源構成は、未だほぼ旧態依然のままというのが、日本の電力事情なのである。しかも、この冬は大雪により暖房需要が高まっただけで電力の供給不安が起こり、電力市場の価格が一気に跳ね上がった。これにより新電力系は新規契約を停止するなど、慌てふためいている。電力自由化により参入を促されたのに、大手電力会社によってはしごを外された格好だ。
ちょっと雪が多く降っただけで、節電を呼びかけるようなぜい弱な電力会社が、液体燃料に代わってクルマに電力を供給できるようになるとは思えない。EV比率向上を推進しても充電ステーションがそろわず、電力の供給もおぼつかなければ、同じような事態に成り得る。あと10年で発電容量をどれだけ高めることができるだろうか。発電所を造るのは調査から始まると考えるとかなりの年月がかかるし、今さら火力や原発を作れるムードではない。
タワーマンションに住んでいるのは、いかにも効率的でオシャレな暮らしのようだが、停電になればエレベーターは止まるし、水道も使えなくなる(くみ上げるポンプが止まる)。オール電化住宅も、メリットばかりではないことが周知されてきたのではないか。
大規模な災害だけが停電を起こすわけではない。EVの比率が高まることも停電の要因になりかねない。エネルギーの多様性が必要なことは、どう考えても明らかだ。電源構成を先に改善せずにクルマの電動化を進めることが、いかに愚かなことか、これでお分かりいただけただろうか。