韓国・文大統領、慰安婦損害賠償判決でまた窮地の「内憂と自業自得」

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日本政府に元慰安婦への賠償命令 「困惑」隠さない文大統領

 戦後最悪の日韓関係にまた一つ、難題が持ち上がった。

 日本政府に対して元慰安婦らに対する損害賠償を命じた1月8日の韓国地裁の判決だ。

 判決を受けて、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は1月18日の記者会見で「(日韓関係改善に)努力をしているなかで、慰安婦判決の問題が加わった。困惑している」と述べた上、同様に日本企業への賠償命令が出ている元徴用工判決も含めて、日本政府や企業への強制執行を「韓日関係に望ましいことだと思わない」と、「判決の尊重」を強調してきたこれまでの姿勢から、一歩、踏み込んだ。

 だが、韓国による慰安婦問題和解合意の廃棄以降、日本の対韓輸出規制、それに対する韓国側の報復とこじれにこじれてきた日韓関係を修復するには、国内外の一筋縄でいかない事情を抱える。

● 水面下で対日関係改善の提案 大統領府と首相官邸のルート作り

 文大統領が18日の会見のなかで、「(関係改善に)努力をしている」と語った意味は何なのか。

 複数の関係政府筋の証言によれば、韓国側が水面下で日本側にさまざまな関係改善のアプローチをしてきたことが浮き彫りになる。

 安倍政権時代の19年12月、中国で行われた日韓首脳会談で、韓国大統領府(青瓦台)と首相官邸が直接、話を進めるルートを作ることを打診したのもその一つだ。

 韓国は前年の18年10月の元徴用工判決や、19年夏の日本政府による輸出管理措置の厳格化などで日韓関係が悪化したのに苦慮していた。日韓両政府は外務局長級の協議を続けていたが、ほとんど進展がなかった。

 焦りを強めた韓国政府が関係修復の契機にと期待したのがこの時の首脳会談だった。会談で「さまざまな交流の強化」で一致すると、日本側に大統領府と首相官邸のラインを作ることをもちかけたという

 背景には15年12月の日韓慰安婦合意の際の“成功体験”があった。

 当時、韓国大統領府の李丙琪大統領秘書室長と谷内正太郎国家安全保障局長が外交ルートと別に交渉を進め合意に大きな役割を果たした。

 この時のことを元に韓国側は、当時の盧英敏大統領秘書室長と今井尚哉首相秘書官、あるいは鄭義溶国家安保室長と北村滋国家安全保障局長のラインで徴用工判決の賠償問題を政治決着させることを期待したという。

● 元徴用工判決の賠償では 韓国政府の責任での“解決案”

 だが、日本側は「徴用工判決問題は韓国政府の責任で解決する」という姿勢は崩さず、冷ややかな反応を続けた。日本にとって、「日韓で協力して解決策を探しましょう」という韓国側の提案は受け入れられるものではなかった。

 その後、韓国側は日韓外務局長級協議を担当していた韓国外務省の金丁漢アジア太平洋局長のほかに、大統領府の朴哲民外交政策秘書官が独自に日本政府と接触してきたが、日本側は従来通りの外交ルートでの対応を変えず、事態は前に動かなかった。

 韓国側が「韓国政府の責任による問題解決案」を提示したこともある。

 その内容は、大まかにいえば判決で賠償を命じられた日本企業の資産が差し押さえられ、売却されて「現金化」される場合には、韓国政府が現金化される日本企業の資産を買い取り、その後、日本企業に返還するという案だった。

だがそれでは最終的に日本企業に損害が生じないとしても、日本の損害賠償義務はないことを政府間で約束した「1965年の日韓請求権協定に反する」と、日本が拒否する判決の執行を認めることになる。

 日本側は「(この方法では)韓国政府の責任による解決とはいえない」としてこの提案も受け入れなかった。

 韓国政府関係者によれば、文大統領は原則を重視する。もともと弁護士で司法畑出身であることもあって、徴用工判決についても、「三権分立を守るため、行政は司法の決定に介入できない」という原則論を繰り返してきた。

 日韓関係修復を重視して水面下で動き始めてはいても、三権分立の原則を簡単には破れない。日本企業の資産が現金化されるギリギリのタイミングで政治的に決着を図るしかないという思惑だったといわれる。

 その最中に起きた元慰安婦判決だったため、韓国大統領府や外務省が受けた衝撃は小さくないものがあったという。

● 「現金化、望ましくない」発言は 文大統領の「最終回答」

 8日に判決が出ると、金丁漢アジア太平洋局長がすぐにでも来日したいという意向を日本側に伝えるなど、ただならぬ緊迫感に包まれたという。

 日韓外交当局は15日に局長級電話協議を行ったと発表したが、それ以外にも少なくとも2回、公にしない形で電話での協議が行われた。

 ただ日韓のやりとりは、もっぱら外務省の船越健裕アジア大洋州局長が金アジア太平洋局長に日本の政府や与党内で大きな反発が起きていることを伝え、韓国による事態収拾を強く求めるという内容だった。

 船越局長は日本政府の在外公館などは、外交に関する国有財産がウィーン条約によって保護されていることを主張するとともに、国内の反発を鎮めるためには、韓国が慰安婦判決を執行しないという保障が必要なことや、万が一にも執行された場合には日本側にも考えている措置があると伝えたという。

 「措置」の具体的内容には触れなかったが、日本が報復行為に出るという警告だった。

 15日の局長級電話協議段階では、金局長は韓国側も努力する、検討するといった回答にとどめていた。

 この時点で外務省は文大統領が「強制執行は望ましくない」と18日の記者会見で発言するとは知らされていなかった模様だ。

 逆にいえば、18日の「困惑」「望ましくない」発言は、外務省からの報告を受けた文大統領としての「回答」だったともいえそうだ。

 訴訟取り下げの働きかけも? 一筋縄でいかない国内事情

 だが、文大統領の発言によって日本政府や企業の資産差し押さえや現金化という、新たな日韓関係悪化の事態は避けられるのだろうか。

 巨大な権限を持つ大統領の公開での発言は韓国では非常に重いものだ。政府関係者の一人は、「事務方は大統領の発言を受け止めて必死に働くだろう。発言通りに展開しなければ、大統領が責任を問われることになるからだ」と語る。

 また別の関係者も、個人的な感想だとしつつ「おそらく法務省は司法当局に大統領の考えを伝え、善処を促すのではないか。女性家族省も原告の元慰安婦らに対し、韓国政府として原告団が納得できるような措置を取ることを説明して訴訟の取り下げを交渉するかもしれない」と語る。

 ほかにも、日本政府の資産の差し押さえ時期を先延ばしして、うやむやにする可能性なども取り沙汰されている。

● 独立の気風が強い司法当局 検事総長処分問題でも政府と対立

 だがその一方で事態は予断を許さないという声が少なくはない。文大統領にとって懸念すべきことが国内にいくつかあるからだ。

 まず、文政権になって韓国の司法当局が政府に反発する場面が増えていることだ。

 それを象徴したのが、政府が行った尹錫悦(ユン・ソクヨル)検事総長の処分に対してソウル行政裁判所が昨年12月24日に下した決定だった。

 韓国では検察の権限縮小をもくろむ秋美愛(チュ・ミエ)法相と検察トップの尹検事総長の対立が激化。法相サイドは昨年11月、検事総長に職務上の義務違反があったとして懲戒を請求。法相懲戒委員会が停職2カ月の懲戒処分を決め、文大統領も承認した。

 ところがソウル行政裁判所は「法務省が主張している懲戒事由の多くは証明が難しく、争いの余地がある」と、検事総長が申し立てていた懲戒処分の停止を認めた。

 こうしたことが起きるのは、韓国の司法界は日米などのそれと異なり独立独歩の気風が強いことがある。

 例えば、日米などでは高度な政治性を伴う国家の行為については、あえて司法判断を下さないという「統治行為」論に基づく判決がしばしば行われるが、韓国の司法ではこれを認めない気風が強い。

 軍事独裁政権時代、司法が独裁政権の手先に成り下がったという苦い経験への反省が強く影響しているという。

それに加えて文政権は、朴槿恵(パク・クネ)前政権が元徴用工訴訟を巡る大法院(最高裁)判決を遅らせるよう介入したことを批判するなど、事あるごとに三権分立や司法への不介入を強く唱えてきた。

 こうしたこともあって司法界には「政府の判断何するものぞ」という雰囲気がこれまでにも増して高まっているという。

 韓国政府関係者の一人は、「いくら大統領の発言だからといって、司法界がおいそれとそのまま従うとは思えない。ソウル行政裁判所の判決だって大統領が承認した懲戒処分をひっくり返したじゃないか」と語る。

● 1年後に迫る次期大統領選 政権への求心力維持できるか

 さらに22年3月に迫った次の大統領選をにらんだ国内の政治事情が影を落としていることがある。

 韓国の大統領制は任期が5年で、文大統領の任期は22年5月まで、同年3月には大統領選が予定されている。21年は韓国にとって、青瓦台(大統領府)の「今の主人」の権力が「次の主人」へと移っていく時期にあたる。

 かつての大統領府高官は「任期が5年目に入った頃から、青瓦台の駐車場がガラガラになった。次の権力者の方に関心が移ってしまって大統領に陳情に来る人が一気に減ったからだ」と語る。

 実際、任期末期になっての風向きの変化で大統領でも苦汁を飲まされることは珍しくない。

 最近では12年6月に、韓国政府が土壇場で日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の署名をキャンセルした件が象徴する出来事だった。

 当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領は米国の強い要望もあり、日韓GSOMIA締結の方針をいったんは決めていた。

 ところが、協定締結の当日の朝になり、次期大統領の有力候補者だった朴槿恵氏(前大統領)の側近議員が政府に電話で撤回を強く求めたという。

 側近議員の言い分は日韓GSOMIA締結によって国民感情が悪化し、半年後の12月に予定されている大統領選に悪影響を与えるというものだった。

 13年2月の退任が迫っていた李大統領は、この「次の主人」側からの要求に抵抗できず協定締結を諦める羽目になった。

文大統領は政権発足後4年になろうかという現時点でも依然として4割近い高い支持率だ。

 政権末期でも驚異的ともいえる求心力を維持しているといえるが、だがそれでも、次の大統領選を巡る情勢がはっきりするにつれて国民や政治家の関心は次期大統領に移り、レームダック化は避けられない。

 しかも「次の主人」の有力候補が必ずしも文大統領と呼吸を合わせて対日関係改善で動くとは限らないからだ。

● 票を意識して対日強硬論強まれば 文大統領も簡単には動けない

 韓国の世論調査会社4社が1月7日に発表した合同調査によれば、次の大統領選への立候補が予想される人物のなかで、24%の支持を得てトップになったのが与党「共に民主党」の大物、李在明(イ・ジェミョン)・京畿道知事だった。

 与党系ではほかに李洛淵(イ・ナギョン)党代表(前首相)も有力な候補だが、15%の支持にとどまりかなり苦しい状況だ。

 李在明氏は過激な保守攻撃などの発言で、かつて「韓国のトランプ」というあだ名をつけられた政治家だ。メッセージが明快なので、政治的な人気を集める半面、主義主張に強いこだわりはない。

 韓国のある政界関係者は「極論すればポピュリスト。票になるなら何でも構わないという傾向がある」と語る。

 今後、文大統領が日韓関係改善を狙って元慰安婦判決などの強制執行を回避しようと動いても、李在明陣営から「それでは票が減る」という声が強まれば、努力も吹き飛んでしまいかねない。

 韓国国内では今回の元慰安婦への賠償命令判決によって、日韓関係のさらなる悪化を懸念する論調が大手メディアを中心に広がっている。

 だがそうはいっても、国民の間で根強い反日の感情があるなかで、判決や判決に勢いを得て強硬手段に訴えようとする動きを批判しにくい空気がある。

 4月には次の大統領選を占う試金石といわれるソウルと釜山の両市長選挙があり、文大統領が対日関係改善に踏み出そうとすれば、票を意識して対日強硬姿勢を競うかのような選挙戦にもなりかねない。

 こうした国内事情を抱えて文大統領も簡単には動けない状況だ。

 日本政府関係者の一人は現在の文政権の状況を「冷酷なようだが、自縄自縛、自業自得と言わざるを得ない」と突き放した姿勢を崩していない。

 韓国の国内事情や日本側の姿勢を考えると、日韓関係の改善はなお遠い道のりだ。

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