7月6日、バンコクでIさん(79)が新型コロナウイルスに感染して死亡した。タイ在住日本人では、日本大使館が把握する初の犠牲者だった。
彼の死はタイの日本人社会を動揺させている。感染者が急増するなか、医療崩壊に近い現実を知らされてしまったからだ。駐在員の家族の帰国を決めた会社もある。
「助けろよ。俺を助けろよ」
入院までのIさんの世話をしたAさん(51)は、いまでも彼が発したその言葉がふっと蘇ってくる。
6月下旬、Iさんが姿を見せなくなった。心配になったAさんらスタッフが、部屋のドア越しに声をかける。
「大丈夫。2、3日寝れば治る」
Iさんの声が返ってきた。彼の要望でコーラ5缶と氷をドアノブに吊りさげた。翌日はお粥、サンドイッチ……それにコーラ。食欲はないようで、コーラだけでしのいでいる感じだった。コロナに感染? スタッフはドア越しや電話で入院をすすめる。
「タイの病院は金ばかりとる。俺は嫌だ」 頑なに入院を拒んだ。
やがてドア越しに声をかけても反応がなくなり、電話にもでなくなった。Aさんらは防護服に身を包んで部屋に入った。Iさんはベッド脇に突っ伏していた。周囲の床が塗れている。トイレに行こうとして倒れたのかもしれない。まだ意識はしっかりとしていた。そのとき、彼が叫んだ言葉が、「助けろよ」だった。
「助けろよ」コロナ感染拡大のタイで死亡の日本人男性は叫んだ 海外年金暮らしで見舞われた不運